河童の雨乞い

むかし 森に囲まれた小さな村がありました。
その森の中には古い沼があって そこには一匹の河童が住んでおりました。
この河童、ひどい性悪で 村人が一生懸命作った畑の野菜を引き抜いたり
沼へ人を引きずりこんだりと ひどい悪戯をするので 村人はたいそう困っていたのでした。
ある日 村に旅のお坊さまがやって来ました。
村人はお坊さまに、その悪戯河童をなんとかしてほしいと相談しました。
お坊さまは村人の話を聞くと さっそく河童のいる沼へと出かける事にしました。
林を抜け 曲がりくねった山道をどんどん、どんどん歩いて行きました。
そうして ようやく河童のいる沼に着くと お坊さまは沼に向かって河童を呼びました。
「かっぱあやあ かっぱあ 出てこい。かっぱあ 話があるぞう。」
河童は最初 返事をしませんでしたが あんまりお坊さまが
「かっぱあ かっぱあ」
としつこく呼ぶので とうとう水面に出ることにしました。
「うるさいなあ なんか用か。」
河童は水しぶきを散らしながら お坊さまの前に飛び出しました。
一瞬 お坊さまはびっくりしましたが すぐに落ち着いて河童にゆっくりと話をはじめた。
「のう 河童よ。おまえさん 村で悪さばかりしておるそうじゃな。
おまえの悪戯のせいで村の衆はみんな たいそう困っとる。
河童よ、 一体何が気にいらんでそんな事するんじゃ。
わしに そのわけを話してみる気はないか。」
河童はしばらく黙ってお坊さまの話を聞いていましたが、やがて 神妙な顔で静かに答えました。
「なら お坊さまよ。聞いてくれるか。
お坊さまなら おらの気持ちもわかってくれるんかもしれんと思うて 話すが
わしはなあ 河童の身の上がものすごうつらいんじゃ。
こんな姿で生まれたおかげで人間の仲間には入れてもらえん。
そうかと言って魚や亀の仲間にも入れてもらえるわけがない。
切のうて さびしゅうて・・毎日がおもしろくもなんともねえだ。
だから やけくそになって、村で無茶苦茶してしまうんじゃ。」
「なあ お坊さま おら 今度生まれる時は人間になりてえよ。
河童はもういやじゃ。なあ お坊さま 人間に生まれ変わるにはどうしたらええ。
教えてくれんか。」
河童は真剣にお坊さまに聞いた。
お坊さまも真剣に答えた。
「それはのう お前が生きている間に人の為になにかすることだ。
お前が人の為にたくさんのことをしてあげることができたら、今度は人間に生まれ変われるかもしれん。
お坊さまは河童に優しく話すと 村へ帰っていった。
河童は村へ帰っていくお坊さまを見送りながら
「人の為になることか・」
とつぶやいた。
その年の夏のことです。
村では何日も何日も日照りが続き 田んぼや畑の土はからからにひび割れて
作物は枯れ 井戸の水も もうすぐ無くなりそうになっていた。
そこで 村人は広場にやぐらをたてて 雨乞いをすることにした。
巫女様をよんで朝から晩まで村人みんなで雨乞いをした。
が 雨はいっこうに降る気配がありません。
「神様 お願いだあ 雨を どうか雨をふらせて下さい。」
村人の雨乞いの声が河童のいる沼にまで聞こえてきました。
思い立ったように 河童は村へと歩き出しました。
そして 村人が雨乞いをしているやぐらの近くまでいって 空を見上げました。
村人の一人が河童に気付きました。
「かっぱじゃあ 性悪河童が来とるぞお。」
村人たちは河童がまた悪戯をしにきたと思い河童を取り囲みました。
そして 木の棒や鍬で河童に襲いかかりました。
けれど 河童は殴られても蹴られても おとなしくしたまままったく抵抗しませんでした。
荒縄でぐるぐる巻きにされた河童は今にも死にそうな様子で やっと顔を上げると 村人にこう言いました。
「おねげえだ。おらにも雨乞いをさせてくれ。」
村人は河童がまた悪さをするのではと疑いましたが 河童があまりにも必死にいうので、
とりあえず 縛ったままで やぐらの上に上げてやることにしました。
河童は縛られたまま やっとの思いで体を起こし 天を見上げて叫びはじめました。
「神様 おねげえだ。おら今まで悪いことばかりしてきた。
村の衆にも迷惑ばかりかけてきた。
だから だからおらの命と引き換えに村に雨を降らせてくれんか。
どうか おねげえだ。」
「おらあ この世に生きててもしょうがねえ河童だあ。
おらが神様からどんなばちを受けようとかまいやしねえ。
でもここの村の衆みんなは真面目で働きもんだあ。
どうか村人を助けてくれんか。
どうか おらの命と引き換えに村に雨を降らせてくれえ。」
河童の雨乞いは何日も何日も続きました。
その間 河童は水も飲まなければ 食べ物も食べなかった。
「かみさまあ 雨を降らせてくれえ。おねげえだあ」
河童の声は苦しそうにだんだんとぎれとぎれになっていきました。
その河童の祈りがあんまり熱心なので 村人のなかには 一緒に祈りだすものがでてきました。
「おねげえだあ。神様あ。おねげえしますだあ。」
一人また一人と一緒になっていのりはじめるものが増え
いつしか村の衆みんな、河童と一緒に祈っていた。
しばらくすると ごろごろと遠くで雷がなっってきたと思うと 急に雨雲がたちこめてきまた。
そして ついに ぽつり ぽつりと空から大粒の雨が降ってきた。
雨はみるみるうちに激しくなり やがて滝のように降り始めてきた。
「雨じゃ 雨じゃ 河童の雨乞いが天に届いたあ。」
村は その場で座り込む者 手をつないではしゃぎまわる者
口を天に向けて大きく開くものなど 笑うやら泣くやらで大騒ぎです。
「河童の雨乞いが天に届いたあ。河童の祈りを神様が聞いて下さったあ。」
とわあわ抱き合って喜びました。
「かっぱあ。おまえのおかげだあ。ありがとう。」
村人は河童のいるやぐらへ上がりました。
しかし 河童は 激しい雨に打たれながら すでに死んでおりました。
河童はすっかりやせて軽くなってしまっています。
河童をやぐらから下ろすと 村人たちは河童に手を合わせ 
「河童よ。お前のおかげだ。ありがとう。」
と かわるがわるお礼を言った。
そして 沼の近くに河童のお墓をたててやりました。
夏も終わったころ 旅のお坊さまがまた村を訪れました。
村人から河童の話を聞くと お坊さまは村人を集めて 人間になりたがっていた河童の話をしました。
「命がけで罪滅ぼしをしたんじゃ。
今度生まれ変わってくるときは 河童はきっと人間に生まれて この村にくるかもしれんなあ。」
村人たちは河童の事を忘れず 河童の雨乞いの話をいつまでも語り伝えたそうです。