岩になった鬼

むかしむかし 深い山奥に鬼の親子が住んでいました。
親子は仲良くいつも一緒でした。
ある日のこと 鬼は 子鬼を肩に乗せて 山のふもとまでおりてみました。
すると おじいさんと小さな男の子が壷を地面に埋めて 手を合わせて 一生懸命拝んでいます。
鬼は 不思議に思って「じい様 なにしとんだ」と声をかけました。
おじいさんは 誰かと思って 見上げました。
「ひえーーーーー」
恐ろしい鬼の顔をみて びっくりして腰をぬかしてしまいました。
「おいおい そんなにこわがらんでもええ。
なにをしとるか 聞いとるだけじゃ。教えてくれんかのう。」
がちがち ふるえているおじいさんと男の子に 鬼は今度はやさしくたずねました。
鬼の優しい声を聞いて おじいさんは安心しました。
そして 海を見ながら ゆっくりと話を始めました。
「わしらは この浜辺に住んどるんじゃが 毎年 夏になると嵐が来てな
海が ものすごう荒れて 大きな津波が村に押し寄せてくるんじゃ。
大きな津波が来るとな いっぺんに船も家も人もみんな流されてしまう。
去年もたくさんの村の衆が津波で死んでしもうた。
こいつのおっとうも おっかあも 波に流されてしもうただ。
波よけの高い壁を作ったり 家の柱を太うしたりしても なあんにも役に 立たんかった。
誰も津波には勝てん。ほんに 海は 恐ろしい・・・。
そんでな 今年こそは嵐が来んようにと 海の神さんにお願いしようと思いましてな。
こうやって こいつと一緒に お札を浜辺に埋めに来たところですじゃ。
神さんが わしらの願い 聞いてくれたら うれしいけんど・・・
村の衆が死ぬのは もう見とうはないでのう・・・」
おじいさんは 男の子の頭をなでながら 鬼を見上げてさびしそうに笑いました。
鬼は 海を見降ろしながら
「そうか・・・ それは気の毒にのう。」
と 言い 子鬼と山へ帰っていきました。
それから しばらくたったある日の朝 鬼が目をさますと大変な嵐がきていました。
鬼は ふと あのおじいさんのことを思い出しました。
そして 思い立ったように
いきなり小山ほどもある大きな岩を2つ持ちあげて 金棒で穴をあけ
その穴に長い鉄の棒を通して 岩をよいしょと担ぎあげました。
「おとうは ちょっと浜へ行ってくる。
お前はここでおとなしゅう 待っとれ。 すぐ戻ってくるからの。」
と子鬼に向かっていいました。
子鬼は いつもと違う親鬼の様子を感じて不安になりました。
「ねえ・・ 一緒に行きたいよお。」
「だめだ。ええから おとなしゅう待っとれ。」
「いやだ! 一緒に行く―。」
「一緒に行きたいよー。」
「連れっててよー。おっとうーー」
「おっとうと一緒じゃなきゃ いやだーー」
子鬼は 親鬼の足にしがみつきました。
いくら 親鬼がなだめても 足から離れようとしません。
とうとう 親鬼は 子鬼を岩の上に乗せて一緒に連れて行くことにしました。
「そんなら 岩の上に乗るがええ。落ちんようしっかり岩に捕まっとれよ。」
親鬼は腰がくだけそうになるくらいの重い石をかついで 山をくだっていきました。
ようやく 浜辺に着きました。
「ドドーー」 「ドドーーー」・・・
「ドド――」「ドド――」
高い波が すごい音をたてて浜辺に押し寄せています。
このままだと 村へも大きな津波がやってきそうです。
鬼は 今まで こんなに荒れ狂った海を見たことがありませんでした。
すでに 村の衆は 波に流されないように 村の高台に避難しています。
「降りろ ここで待つんだ。」と 鬼は岩の上の子鬼に厳しい声で言いました。
いつものやさしい声ではありません。
しかし 子鬼は 岩から降りようとしません。
子鬼は荒れ狂う海を見て 1人で待つのが怖くなったのです。
親鬼と離れるのが 不安でたまりません。
「おっとうはこれから海に入る。」
「ここからはお前には無理だ。はよう 降りろ。」
「すごい波じゃ。このまま 海に入ったら お前が波にさらわれてしまう」
「ちょっとだけ 辛抱して待っとれ。おっとうはすぐ戻るから・・」
不安になっている子鬼に 親鬼は やさしく言いました。
それでも 子鬼は岩から降りようとしません。
「いやだ!。一緒に行く。おっとうと一緒に行くーー」
「一緒に行くんだ――」
「行きたいよー―」
「ねえ 一緒に連れってよ。」
「おっとう お願いだからーーー。ねえーー」
しばらく親鬼は考えていましたが やがて 子鬼に向かって大きな声で言いました。
「よおし そんなら しっかり捕まっておれよ。」
「一緒に いこう」
「うん」
子鬼は 親鬼の言うとおり しっかり岩にしがみつきました。
鬼は 子鬼が岩にしがみついているのを確認すると岩をかついだまま
ずぶずぶと海のなかへ入っていきました。
波は どんどん高くなって 荒れ狂い 親鬼にがんがんぶつかってきます。
すざましい波に押されて 親鬼は何度も何度も押し倒されそうになりました。
「だいじょうぶかー しっかり捕まっとるかー」
親鬼は 岩の上の子鬼が 心配でたまりません。
「おーい 大丈夫かーー」
「大丈夫かーーーー」
何度も何度も子鬼を呼びました。
しかし あまりの波の凄さに 子鬼は返事ができません。
ただ 流されないように岩にしがみついているのが 精一杯です。
怖くて怖くて 顔も上げることができません。
波はどんどん高くなって 岩の上の子鬼にもぶつかってきました。
寒さと冷たさで 子鬼の小さな手がしびれてきました。
激しい波にうたれて 子鬼は今にも流されそうです。
「おっとう こわいようーー」
子鬼はか細い声で 親鬼を呼びました。
その時です。
「ウォーーーーー」
親鬼は うなり声を上げて 岩を持ち上げました。
それからも 波はどんどん高くなっていきました。
あと少しで 親鬼の姿が 見えなくなりそうです。
どんどん鬼が 海に沈んでいきます。
とうとう 子鬼を乗せた岩と
それを持ち上げている鬼の太い腕だけが見えるだけに なってしまいました。
ただ 親鬼は 海に沈んでも 子鬼が乗った岩は高く持ち上げ続けていました。
どのくらいたったことでしょう。
鬼の身体と 持ちあげられた岩にさえぎられて
荒れ狂った波はしだいに おさまっていきました。
村まで押し寄せていた高い波もどんどん引いています。
やがて 海は元のように静かになりました。
鬼のおかげで 村も村の衆 みんな無事でした。
「波がおさまったぞー」
「みんな 大丈夫か―」
「よかったのう」
「よかったのう」
村の衆は 抱き合って喜びました。
村の衆の喜ぶ声が聞こえ 岩の上の子鬼は そーと顔を上げてみました。
そして 波がおさまったのがわかると ようやく岩から手を離すことができました。
あたりを見渡すと 村の衆が浜辺に来ているのが見えます。
村の衆の喜んでいる顔を見て 子鬼もうれしくなりました。
「おっとう 波がなくなったよ。もう大丈夫だね。」
「村が 助かってよかったね」
「ほら 村のみんなが 浜辺に来てるよ。」
「みんな おっとうに手を合わせているよ」
「あっ・・ あそこに このあいだのおじいさんと男の子もいるよ」
「おっとう よかったね。」
「おっとう おっとう?」
親鬼は 返事をしてくれません。
子鬼は 急に親鬼のことが心配になってきました。
「おっとう どうしたの?」
子鬼は 岩の上から 下を覗き込みました。
すると 親鬼は 岩を持ち上げたままの姿で そのまま岩になっていました。
「おっとう?」 「おっとう?」
「おっとう なんか言ってよ」
「おっとうってば どうしたんだよー」
子鬼の声がだんだん泣き声に変ってきました。
「いやだ― おっとう おっとうー」
「おっとう おっとう・・・ねえ おっとう なんか言ってよ。」
「なんか言ってよーー」
「おっとうー」
「おっとうー・・・」
「おっとうー・・・」
「おっとうー」
岩の上で 子鬼は泣き叫びました。
何度も何度も親鬼を呼びました。
何度呼んでも 岩になった親鬼は返事をしてくれません。
子鬼は 何日も何日も泣きました。
岩の上で 泣いて泣いて泣き続けました。
そうして いつのまにか 子鬼の泣き声は聞こえなくなり
泣き疲れた子鬼は そのまま 岩になったそうです。
今でも この浜には 2つの大岩とその上にちょこんとのっている小さな子岩が 残っています。
そして この岩のおかげで嵐がきても 村は無事に過ごせるように なったということです。